大阪・淀屋橋の「適塾跡」へ【155トパーズ先生】

本日お届けするのは、トパーズ先生からのお便りです。
いつも各地の美しい景色を紹介してくださる先生。今回登場するのは、大阪都心部のオフィス街にある「日本で唯一となる蘭学塾の遺構」です。重要文化財として、時を越え大事に保存されているこちらの歴史的建造物。先生が送ってくれた数々のショットとともに、いつかの学びの日々を感じてみませんか?

NO.155 トパーズ先生

人は自分を幸せにする力を持って生まれてきました。そのことに気づかせてくれるのが占いなのかもしれませんね。占いを通して、お客様の人生を応援させていただきたいと思っています。

トパーズ先生からのお便り紹介

こんにちは、トパーズです。

私は地図を見るのが好きで、パソコンやケータイで場所を調べた後も、地図帳の紙面を見ながら、その場所のイメージを膨らませて楽しんでいます。

ある時、大阪の中心部の地図を見ていると、「適塾跡」という赤字で書かれた場所が目の中に飛び込んできました。
「ふ~ん、適塾って、どこかで聞いたような……。」
と軽い感じで思い、その時はネットで、
「緒方洪庵という、幕末の時代の医師が、蘭学を教えていた塾である」
ということだけ簡単に調べて、終わりました。

それから数か月が過ぎ、たまたま用事で淀屋橋の近くを歩いていると、なんとも言えず心惹かれる日本家屋が目につき、足を止めてみると、なんと、そこには適塾という文字が……。

その偶然のめぐりあわせに感謝しながら、早速見学することにしました。

町屋特有の細長い家の中は、手前側が塾で奥が自宅スペースになっています。
玄関近くに教室があって、その横にある、驚くほど急な階段を上ると、30畳ほどの広い空間が広がっていました。

そこは、地方から勉強しに来た塾生たちが寝泊まりする場所で、真ん中にある柱は、血気盛んな塾生たちによる刀傷でボロボロになっていました。
洪庵先生はとても愛情深い方で、勉学以外のことでは、塾生の自由を尊重してあげていたようです。

その奥の六畳間は、「ズーフ部屋」と呼ばれていて、ズーフという人が訳した、オランダ語の辞書が置いてある部屋です。

その当時、大変貴重だった辞書は持ち出し禁止で、全員でかわりばんこに使わなくてはならないので、その部屋は常に勉強する塾生たちの熱気で満ち、毎夜、一晩中灯りがともっていたそうです。

福沢諭吉や大村益次郎、橋本佐内など、日本全国から集まってきた優秀な若者たちが、そこで切磋琢磨しながら勉強に励んでいたのですね。

後日、福沢諭吉の自伝を読んでみると、
「急な階段を飛び降りて……。」という箇所がありましたが、ここの階段なら確かにそうだなぁと、当時の様子が目に浮かぶようでした。

洪庵先生は、諭吉のことを実の子供のように、慈しんでくださったそうです。

手塚治虫さんの曽祖父も塾生の一人で、「陽だまりの樹」という作品に、適塾での生活が描かれています。

彼は江戸に帰ってから、東京大学医学部の前身である、「お玉ヶ池種痘所」設立に尽力したそうです。
一方、洪庵先生が開いていた「除痘館」も、大阪大学医学部設立につながるものだったので、現在の適塾の建物は、大阪大学が管理しているそうです。

洪庵先生については、知れば知るほど素晴らしく、慈愛深い方と感じ、尊敬の念が深まります。
私自身は、洪庵先生や適塾の皆さんの足元にも及びませんが、それでも、何か大きなエールをいただいたように感じました。

以前の私は、しんどくて本を読むことすらできない時があったり、生きること自体がつらかった時もあったので、こうして、どこかにでかけたり、本を読んだりできることのありがたさを、ひしひしと感じています。
また、しんどかった時には、誰か話を聞いてくれる人がいたらなぁ、と心の奥で思っていました。
そういう方がおられるなら、また私にも、お話を聞かせてくださいね。

トパーズ先生のINFORMATION

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